Canpath
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インドに負けた日。

「人には二種類ある。インドに行かれる人と、行かれぬまま死んでしまう人である。そして、行かれる人は、そのカルマによって、行く時間も定まっている・・」

「インドへは行きたいと思っていても、インド側からお呼びがかからない限り、行くことはできない。インドに呼ばれる時期も決まっている。インドはそういう国なんだ」

という有名な三島由紀夫の言葉。

高校二年生の終わり、私はまさしくインドから呼ばれた。
大学生活をふりかえると、ほとんどの長期休みをインドで過ごしてきた。
まさか高校二年生の私には、こんなに自分がインドに行くことになるとは思ってもいなかった。通算五回のインド旅行?
今回は私が初めてインドに行ったときについて。

インドに”呼ばれた”というのは、最初は私ではなく父親でした。
父親が仕事の関係でインドに何年か単身赴任することが決定し、
全く興味もなくインド?カレー?なにそれ?状態だった私は
「なんでインドなのー?アメリカとかだったらついていったのに!」といった調子でした。
父と母にインドへの旅行を誘われても行く気はあまりなく、仕方ないから一回いってみるかくらい。
正しくはインドではなく父が私をインドへ呼びました。17歳。

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インドに降り立った瞬間、空港はスパイスの匂い。
クラクションのうるささ、むっとした暑さ、人の多さ。
何もかもが新鮮でした。何もかもが日本と違った。

翌日、車で移動をしていると、絶え間なく物乞いの子供たちがよってきます。
目をそらしても車の窓をドンドンして悲しそうな顔でみつめてくる子供たち。
彼らの目は純粋で、穢れがなくて、ただただお金を欲しがっている。
そんな目が怖かった。

観光地で歩いているととめどなく話しかけられる。
何を買うにしても値段をふっかけられる。
何を言ってるかわからないし、ヒンディー語はなんか怖いし、、、
で私は消極的になっていました。

外に出るのが怖かった。日本人の私たちは少し珍しかったのか、
すごい目線を感じます。それもあふれるような多くの人たちに。

17歳。インドのパワーに完敗した。降参。
せっかくの旅行を楽しむことができなかった。
ただただ怖かった。17歳のちっぽけな私が私なりに築いてきた常識や
普通だと思っていたことが全部通用しない。

物乞いや不可触民と呼ばれる人たちの存在。
彼らは生まれた時からお金を乞うことを仕事にしている。
彼らは私を見てどう思ってるのか?何を考えて生きているのか?
すべてが私の短い人生のカテゴライズの範疇を超えていました。

忘れられない子供たちの無垢なまっすぐな目が、私をまたインドへと呼ぶのでした。

この記事を書いた人

Hanna Yasuさんの海外ストーリー