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藤田嗣治のアトリエを見に行ってきた

下書き

2近代技術とは何だろうか
近代科学技術の魅力

近代科学技術は、人間を強く魅了する面を持つと考えられるが、それではその魅力の本質的部分を構成しているものは何だろうか。ここでは、それを四つの要素に整理したい。

(a)限界を超えていく自由。
 人間が、生物としての自らの限界を超えて、地を駆けてもっと遠くの世界へ行きたい、空を高く飛びたい、海のかなたへ渡っていきたいなどと希求することは、人間の持つ欲求のうちでももっとも自然にあるものの一つであるように思う。近代科学技術は、自動車、鉄道、飛行機、汽船といった、動力機構を装備した目新しい乗り物を次々と生み出していくことによって、それらの願望の多くを見事に充していった。意のままに動く車に乗って、人はどこへでも、1日に幾百キロもの移動ができるようになった。あるいは飛行機に乗って、地球の裏側の国へ旅行することすら可能とした。限界の突破は、単に輸送や移動にかかわるものに限らない。人間の視覚や触覚、あるいは他者との交信能力もまた、飛躍的にその限界を広げた。いまや私たちは、銀河のかなたの星雲を観察することも、分子中の原子のスピンまで認識することもできる。地球の裏側の人々とも即時に通信でき、世界のすみずみの人間がもっている移動や近くの能力の限界を超え、その力能に関してより大きな自由度を獲得していく魅力といえる。これらのいわば「限界を超えていく自由」、近代科学技術が人間に対してもつアピールの中でも、もっとも顕著で明快なものだ。

(b)労苦からの解放、利便性。
 第一次世界大戦後に、欧米の家庭では、電気掃除機、電気冷蔵庫、電気洗濯機などの家庭電化製品が急速に普及していった。第一次世界大戦の戦時動員により、それまで家事をこなしていた召し使いが工場で働くことを経験することとなり、戦争が終わっても家庭へはもどらなかったことが、それらの家庭電化製品の普及を促したを言われる。それらの近代的製品が、女性を家事労働から解放したわけである。
 同様に、トラクターやコンバインは農業労働を、ブルドーザーや油圧ショベル派土木労働を、自動車や鉄道は運搬労働を、クレーンは荷役労働をと、近代技術が生み出すさまざまな商品や産業機械は、全般につらく厳しい労働を、次々と代替していった。それらの便益は、「利便性」という概念とも重なるところが多く、当然のことながら、人々を強く惹きつける。

(c)自然環境の緩和。
自然のままの環境というものは、概して人間にとってたいへん厳しいものだ。風雨はいうにおよばず、ある時は暑く、またある時は耐え難いほど寒く、夜は真の闇であり、伝染病の感染にも脅かされ続けなければならない。近代科学技術は、強固な建築物や照明設備、空調設備、あるいは上下水道や医療技術を提供することで、そのような自然環境の厳しさと変動を緩和し、風雨や暑さ、寒さから人を守り、いつでも光が得られる、衛生的な生活環境を形成することに大きく寄与した。この自然環境からの保護は、先の労苦からの解放・利便性とともに、人間が科学技術の恩恵を手放せない、強い根拠となる。

(d)非効用的魅力、美。
 一九二◯年代に、実用性を重んじたT型フォード車を、デザインと販売戦略を重視したGMの車が凌駕していったことは、今日の消費社会の扉を開いたできごととしてよく知られている。これは、車というものの魅力が、右で述べた限界を超えていく自由や実用的利便性だけでは捉えることができず、効用からは自由な形で魅力的に感じる、美しく感じる、という次元での魅力をも含んでいることを示している。科学技術を、意匠まで含めた広い意味でとらえると、そのような非効用の部分の魅力も重要である。現代では多くの商品が、効用から自由な次元の魅力を持っている。
 
 現実の商品の魅力は、これらの四つの要因がさまざまな割合で配合された混合物である。その配合割合は、それぞれの時代によっても、また、それを消費する個々の消費社会や、消費される場面によっても異なる。最後の自由主義経済をいろどる消費社会は、このコンテクストからいえば、右の四つの魅力の中で、(d)が相対的にきわだってきた時代、と位置付けることができる。
 近代科学技術が産み落とした無数の商品や生産装置が複合的・相乗的に演出するこれらの魅力の総体が、その社会に、高度な進んだ社会、知性にあふれた豊かな社会としての体裁をあたえる。そのような社会は、ほぼ普遍的に、とりわけ、まだその恩恵に俗していない国の人にとって、そこに向かわざるをえない目標となる。

この記事を書いた人

Yuki Miyagawa
現在地:フランス領自治区