Canpath
3326 views
0 応援!
0

世界平和にはやっぱり愛?

私の住む学生寮で、つい最近共同キッチンにある冷蔵庫をめぐってこんな事がありました。
  


  
一人の中国人の女の子が空の冷蔵庫の棚に食べ物を入れる、といういたって普通の事に対し
そこのスペースは私がいつも使っているのだから私の物だ!空いていたからといって勝手に使うな!と怒ったハンガリー人2人組がその食べ物を冷蔵庫の外に出してしまったのです。

しかも運の悪い事にその食べ物は彼女の両親が送ってくれた
中国の旧正月を祝う特別なケーキだった事もあり、
その女の子はカンカンに怒っていました。

またハンガリー人もそれに懲りず、棚を勝手に使うなというメモを残し
それに対して中国人の子もあなた達の棚だなんて知るか!と反撃。

怒りの冷めない彼女は冷蔵庫の棚が自由に使えない事、
それぞれの棚は部屋ごとに決まっている物なのか、等々不動産会社に文句の連絡を入れ
そのメールを”It was a gift from my parents and it went bad because of someone's kindless behavior. Be respect ! (〜以下長いので省略)" といったような文と一緒に冷蔵庫に貼り付けたのです。
  


  

明らかに空の冷蔵庫の棚を自分たちの所有スペースだと言い張る方がおかしいのですが、
この被害者の女の子の攻撃的な態度にも少々違和感を覚えたのは友人の中で私だけでした。

確かに特別なケーキを台無しにされたという行き場のない怒りは分かりますが、
何もそこまでしなくてもいいのではと感じてしまいました。

いくら相手が間違っていて、どれだけ文句をつけようと
そのケーキは戻ってきませんし、
相手に復讐とも取れる行動を取り続ける限り
彼女は怒りに囚われたままだと思います。

日本には"喧嘩両成敗"という言葉があるように
喧嘩相手にやり返したら自分も同じ低レベルである、
または怒りの感情を表に出すべきではないという様な考え方があると思います。
もしくは集団を重んじるという文化からか、嫌な事をされても
公衆の面前で相手に復讐するという事はまずしないと考えられます。
そんな甘い考えだから日本は他国に良い様に扱われているのだ、
と言ってしまえばそれで終わりなのですが今回はそう言った政治の話は置いておいて、、

  

  

  

同じ屋根の下で暮らし、毎日の生活を共にする中でも
この様な争いが起こってしまった事が残念でなりませんでした。

なぜ相手を許すという事が出来なかったのでしょうか。
確かに、相手を攻撃する事で自分は損をしないで済むかもしれません。
でもこの様な事が起きる度に自分の利権を主張したり、
互いを憎む事が幸せに暮らす事に繋がるとは到底思えないのです。
  

他人の過ちを受け入れるという事は、
自分の心を怒りや悲しみといった感情に縛られない為の行為だと思います。
少しの優しさと許容、相手への尊敬や慈しみの心を持ち
それを分かち合えた時に世界は平和に近づくと信じています。

やはりその為には身近な人への愛、から始まりますよね!
自分を支えてくれる家族や友人に日々
感謝する人生でありたいと思う今日この頃なのでした。
  

この記事を書いた人

Canpath user icon
Aoi
現在地:フィンランド
Tampere University of Applied Sciences トビタテ留学JAPAN日本代表プログラム2期生

Aoi さんの海外ストーリー