空港からアムステルダム市街に向かう電車の逆方向に乗り、花畑の絨毯が続く車窓を眺めながら、City of Justice「正義の街」という肩書を誇るハーグに辿り着く。ここからは僕の領地、すべてを知り尽くした街の中だ。横浜以外で目をつむっても道に迷うことがないというのは、世界でもここハーグだけだと思う。
「ハ~イ、久しぶり!」
駅にお迎えが来てくれるというのも、またハーグでしかありえない。
「ひっさしぶりぃ!」
リーズは大学院時代の同級生で、オランダとスリナムのマーブル、僕の代でも屈指の美女だ。
「元気してた?」
と、いつものように僕の顔に「ブチュ」と音の出そうなキスをする。これが彼女流の挨拶なのだから仕方がない。卒業式で証書を授与した教授に同じキスをして、教授が目を回したのを今でも覚えている。
「近くのカフェにする、それともいつものとこ行きたい?」
「やっぱいつものとこっしょ」
というのは大学院のはす向かいにあるバー。ハーグ市街を歩き、途中、かつてよく買い物をした水曜市が立っていたのでチーズを買い、バーについてみると、まだ開店前だった。仕方ないから近くのカフェでお茶を飲む。彼女は卒業してから、ケニア、タンザニア、マダガスカル、インドと、僕以上に世界中を飛び回る仕事をこなしてきた。同じ代で僕より若かったのはほんの数人しかいなかったが、ダントツ最年少(当時21歳)で、しかもそれをものともしない優秀な成績だったから、それだけの仕事を今任されていても驚きはしない。相変わらず能天気で、愛嬌があって、会う人を必ず笑顔に変える。リーズの魔力は健在だ。
僕は1時間もしないうちにリーズと別れ、大学院に向かい、顔中についたキスマークを袖で消しながら中に入った。これから現役を相手に授業をする。
教室にはインドネシア、ケニア、ウガンダ、インドなどから来た学生が10人ほど。この国際的な雰囲気が、僕を育ててくれた。今ここに講師として来られて嬉しいというより、光栄に思った。