氏名:あかり
所属大学:国立台北教育大学
所属学部:国際修士課程
所属学科・専攻:現代芸術理論
学年:1年
留学期間:2017年9月~2019年6月
1.概要
この度は()奨学金に採用して下さってありがとうございました。頂いた奨学金は全額大学院の授業料と生活費として大切に使わせていただいています。ご支援を頂きましたお陰で、経済的な心配をすることなく学業に専念することができました。今後も奨学生の名に恥じぬよう、より一層精進していきたいと思います。
2017年9月から国立台北教育大学で正規の大学院生として現代芸術の理論を学び始め、1月末で最初の学期を終えようとしています。この生活状況報告書では、この4ヶ月間の台北での勉学と生活を中心に、下記報告いたします。
2.留学の概要
国立台北教育大学は台湾台北市に位置する国立大学です。1895年に師範学校として当時の統治国であった日本政府によって設立されました。
国立台北教育大学の美術デザイン学部と文化産業経営学部は、過去にChen Cheng-po, Huang Tu-shui, Li Shih-chiao, Li Mei-shu等台湾の近代美術史を築く著名な作家を生み出してきました。20世紀後半になり美術作品の制作や美術教育だけでなく、芸術批評や美術管理経営等、国際的な文脈の中の美術理論の需要から新しく設立されたのが、私が所属する現代芸術理論の国際修士課程です。
この2年間の修士課程では芸術史、芸術評論、美術館の展示制作、博物館学、そして文化産業の5つの科目を東アジア地域との関係の中で学びます。卒業要件は26単位分の授業履修、320時間分のインターンシップ、そして修士論文です。
プログラムは全て英語で行われ、学生も私を含め全員留学生です。具体的には、フランス、マレーシア、ウクライナ、アメリカ、タイ、イタリア、インド、日本出身の10人で共に学んでいます。
3.勉学の状況
1年目の秋学期では5つの授業を履修しました。平日に毎日1科目、それぞれ3時間ずつの授業となっています。多くの修士課程がそうであるように、科目数が少ない分、授業はセミナー形式で学生の主体的な学びが重視され、授業準備や課題に時間がかかるものとなっています。平日の午前か午後に3時間授業を受け、放課後はクラスメートと文献読解と発表の準備の課題をこなしていました。
3.1.1年秋学期履修科目名
①現代芸術の理論と評論、正規、必修、3単位
②博物館学、正規、必修、3単位
③アジア太平洋の美術、正規、選択、3単位
④教育学研究方法論、正規、選択、2単位
⑤中国語初級、正規、0単位(卒業要件に含まれず)
3.2.授業科目の選択、登録方法
授業科目の選択:授業科目は必修科目を4つ、選択科目を5つ以上履修することが卒業要件となっています。この秋学期は必修科目を2つと選択科目を2つ、そして中国語の授業を履修しました。そもそもの開講科目が少なく、選択の余地はほとんどありませんでした。
登録方法:紙面で事務室に提出しました。④の専攻科目でない授業を履修する時は担当教授のサインが必要となりました。
登録時期:学期始まりから2週間後が授業登録の締め切りとなっていました。
3.3.授業内容、方法に関して
①現代芸術の理論と評論
1960年代以降のアメリカ現代芸術で主流であった、ミニマリズムアート、ランドアート、コンセプチュアルアートの理論とフランス哲学者ジャン・フランソワ・リオタールについての授業です。現代芸術を定義するためにまずは現代という時代から定義しようと、リオタールの文献を用いて近代、ポスト近代、そして現代の時代背景を構成主義哲学の視点から定義していきました。また、ポスト近代の芸術の流れとその背景にある思想、代表的なアーティストについても、文献を通して知識と議論を深めていきました。
毎週約80ページ分の文献の読解と発表の課題があり、授業中は学生による発表と議論を中心に進んでいきました。私が発表を担当したのは、ロバート・モリスの「彫刻についてのノート」とジャン・フランソワ・リオタールの「ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム」第9章、サラ・ウィルソンの「リオタード、モノリーーポスト近代のロマン主義」後半でした。最終課題は現代アート作品1点を選び評論を書くことになっています。
この授業の担当であるChi-Ming LIN教授はキュレーターでもあり、休日にギャラリーの開会式にも誘って下さいました。具体的には台湾芸術大学付属美術館の「動詞としての生態学」やliangギャラリーの「戒厳」を訪れました。また、11月にはドイツ人キュレーターAndreas Waltherによる3回分のワークショップもありました。
②博物館学
イギリスの博物館の収集と保存の機能について講義形式の授業でした。最終課題は博物館について5千字以上のエッセイとなっています。学部時代も博物館学の授業を受講し学芸員の資格を得たので、授業で扱われた内容はほとんど学習済みだと感じました。
台北で博物館学関連のイベントに参加できたことは新鮮な学びとなりました。12月22日には台北と京都に14ある大学博物館館長が集まった「大学の宝箱を開こう2017国際フォーラム」に出席しました。大学博物館の特徴や実践、歴史、教育的役割、学芸員資格について館長と研究者から発表と議論がありました。また、台北教育大学の付属美術館である北師美術館で開催中の「日本近代洋画大展」を訪れ、館長に日本の美術雑誌が取材があり同席しました。国立台湾博物館の収蔵庫見学では、展示では滅多に見られない、近代の原住民の工芸品の収蔵品を見る機会に恵まれました。
③アジア太平洋の芸術
アジア地域の現代芸術の近代史とキュレーションを中心に講義形式で学ぶ授業です。1868年の明治維新から始まる1870年代の文明開化によって、日本はアジアで初めて西洋の文化を取り入れた代わりに、神仏分離と廃仏毀釈が象徴的なように国内の伝統的文化を排除していきました。講義はこのアジアの西洋化の歴史から始まり、1970年代にアジアで盛んになった反政治的なアートアクティヴィズムまでを包括的に学びました。 台湾は地理的にも歴史的にも東アジアと東南アジアどちらにも所属し影響しあってきただけに、近代以降のアジア全体のアートの流れを見渡しやすいと感じました。台湾を含め多くのアジアの国々は植民地支配された歴史を持っています。独立した今、西洋の「エキゾチックなアジア」という視点ではなく、現地の人々の芸術を現地の言語で定義し直そうという流れが戦後続いています。流動的で超越的な国のアイデンティティを再考し、そのために植民地の立場から批判的に近代の美術史を書き換えようという勢いを強く感じました。
担当講師だけでなく、各アジア諸国からキュレーターを招き美術館での実践について講義を受けました。具体的には、シンガポール国立美術館のキュレーターSeng Yu Jinや英国セントラルセントマーチンズ所属の展示歴史研究者Lucy Steeds、香港のパラサイトギャラリーのディレクターCosmin Costinas、インドネシア出身の東南アジア写真研究者Zhuang Wubin、高雄美術館所属の東アジアの歴史研究者KO Nien-puが、それぞれのアート実践経験と各国の歴史や社会を関連付けた講義を行って下さいました。
また、授業の一環で国立台湾美術館の「アジアのアートとキュレーター」フォーラムにも参加しました。日本、インドネシア、韓国、イラクからキュレーターが集まり、現代アジア社会の中のアートの可能性について発表と議論が交わされました。
この授業の担当講師のNobuo Takamori先生はキュレーターでもあり、彼が企画した展示も訪れました。例えば、ギャラリー立体計劃空間の巡回展「自然之外的海洋」や鳳甲美術館「煙草、絨毯、弁当箱、織り機、穴居人:現代芸術の中の職人技と科学技術」を訪れ、関連イベントである展示ツアーやアーティストトークにも出席しました。
12月27日には台湾人映像作家Chen Chieh-jenのスタジオを訪れ、話を聞くと共に彼の作品である「残響世界」を鑑賞しました。私が進学先を台湾にするきっかけとなった、東アジアにおいて非常に影響力の強いアーティストだったので、授業の一環で気軽に会えたこと、本人がとても気さくで温厚な人柄であったこと、また彼のスタジオが大学から徒歩圏内であったことに拍子抜けしました。
11月13~17日には授業の一環でインドネシアに飛びました。ジャカルタとジョグジャカルタで開催されたビエンナーレ:2年ごとに開催される国際芸術祭やヌカンタラ現近代美術館、ギャラリーを見学して回りました。この報告書の最後にインドネシアでの校外学習の報告書を添付します。
④教育学研究方法論
国立台北教育大学は元々師範学校であったことから、未だに教育学部を主眼とする大学です。私は教育学士を取った背景から修士論文をアートプロジェクトを題材に教育学の視点から研究することを考えています。教育修士も私のプログラムと同じように留学生を対象とした英語の国際修士があり、個人的にお願いして教育修士課程の授業も履修できることとなりました。
この授業では名前の通り教育学の研究方法について学びました。教科書としてFraenkel,J.R.&Wallen,N.E. (2011) how to design and evaluate research in education 8th edを用いました。毎週3章分が予習として読解の課題があり、講義形式で授業は進んでいきました。研究の問いの立て方や妥当性、倫理等、研究の基礎となる要素から始まり、量的・質的調査方法について具体例と共に1つ1つ勉強していきました。
この授業を履修していたクラスメートはコロンビア、アメリカ、フィリピン、ベトナム、モンゴル出身の元学校の先生達で、彼らの教師経験を聞く良い機会となりました。授業内容は非常に実用的、具体的で、先生も私達の疑問に丁寧に応えて下さいました。今後修士論文で研究をしていく際に大いに役立つと思います。
グループプロジェクトとしてクラスメート2人と台湾の大学生の英語学習の方法について量的・質的方法両方を使って簡単な研究をし発表しました。個人の発表では、民族誌ケーススタディーとアクションリサーチを使った「被抑圧者のための舞台芸術」の研究記事を分析、批判しました。修士論文の研究計画が最終課題として課されています。
⑤中国語初級
台湾で共通語として用いられている中国語をこれまで全く学んだことがなかったので、大学の国際言語センターが主催の中国語のレベル1のクラスを履修しました。
私の名前を中国語の発音で「シャンチードゥンリー」と先生から呼ばれても反応できないレベルから始まり、発音、自己紹介、挨拶、単語、数字、数の単位、漢字、動詞、基本の文法を経て、現在は何とか知っている食べ物は屋台で中国語で注文できるようになりました。日本と台湾がほとんど同じ伝統的な漢字を用いていることに随分救われ、読み書きにはほとんど苦労しませんでした。中国語に限らず元々言語習得は本当に苦手ですが、残りの3学期も専攻の授業と並行して中国語の授業を履修し、最後は日常会話レベルの中国語習得を目標にしています。引き続き頑張ります。
3.4.図書館等学内施設について
台北教育大学の図書館は1階分全て英語の書籍が置いてある他、メインである中国語の書籍の中にも全体の10%程?日本語が含まれています。また、台北大学の学生は台湾大学を含め市内6つの図書館を利用できることになっています。
台北教育大学の国際修士の学生は15人程ですが、新築の学部棟があり、教室の他自習室として利用しています。学習施設は十分整っていると感じています。
4.生活の状況
2015年に1ヶ月間台南にある成功大学で留学し、台北にも観光で来ていたこともあり、今回は問題なく現地での生活を始められたと思います。
台北大学は留学生全員に台湾人学生のチューターを付ける制度があり、銀行の口座開設や携帯simカードの購入、郵送、買い物を手伝ってもらいました。
4.1.住居について
住居:寮
通学時間:1分以内
通学方法:徒歩
部屋のタイプ:4人部屋、共同スペース有(部屋、トイレ、シャワー、洗面所、洗濯機、乾燥機)
1部屋をマレーシアと台湾の3人の学生と共有していました。ルームメイトには本当に恵まれました。狭いながらも、毎日業者による清掃があり寮内はある程度清潔に保たれていました。寮の入り口には24時間警備員もいるので安全もある程度確保されていると感じました。寮費は非常に安く助かりました。
私にとって都心部に住むことがストレスになりやすいことと、1人部屋が欲しいこともあり、春学期からは寮を出てクラスメートとアパートに住むことを計画しています。
4.2.食生活について
寮に台所がないため、毎食外食していました。朝と昼は学内の食堂で済まし、夜はクラスメートと外のレストランに食べに行っていました。日本からのチェーン店も含め日本食料理屋さんが多く、台湾料理も口に合い、食には困りませんでした。大学近くのおにぎり屋さん、水餃子、焼き芋には頻繁に通いました。カフェやお茶屋さんも多く珈琲や焙じ茶ラテは常に手放せませんでした。
4.3.インターネット回線、携帯について
インターネットは基本的に学内と寮内のwifiを利用していました。
携帯電話は日本からiphone 6sをsimフリーにして持って行き、台湾の電信会社である台湾哥大のsimカードを購入することで、学外でのインターネットと電話を利用しました。
4.4.服装について
地球温暖化の影響か、9,10月は気温38℃、湿度80%の日々が続いたため、Tシャツにジーパン、ビーチサンダルで過ごしました。11月以降は気温が20度代に下がり、毎日雨で肌寒くなり、薄い長袖で過ごしています。
4.5.健康管理について
入学早々に大学でレントゲン、血液検査、尿検査を含む精密な健康診断がありました。また、精神衛生に関しても記述と個別面接の検査がありました。精神疾患の分類と特徴、身近なテーマであること、学生も精神疾患を抱えうること、大学のカウンセリング室の利用方法、自分自身の健康状態を認識し相談しできるだけ早く大学に助けを求めるよう説明がありました。どちらも参加必須の健康診断となっていました。
また、大学付属美術館で開かれたオリエンテーションではセクハラ対策について説明があり驚きました。近年台湾で同性婚が認可された流れ、ジェンダーは多様であり尊重されるべきであること、不平等があった時の学内の具体的な相談先と担当者を示して、大学は全ての性の平等のために断固闘うと言い切っていました。台湾の大学の健康への意識の高さに圧倒されました。
慣れない海外生活は体調を崩しやすいことを前回の長期留学で身を以て知ったので、食事と睡眠に気を遣っていました。1日3食食べ野菜を多く取ること、8時間以上寝ること、水を多く飲んで意識して歩きました。
4.6.自由時間
台北は芸術・文化関連のイベントや映画館、喫茶、本屋さん、美術館・ギャラリー、文化創造公園、自然公園、コンサートが本当に充実しているので、放課後や週末の夜はクラスメートと頻繁に出かけていました。 私は趣味がなく普段は引きこもりがちですが、友人達が外に連れ出してくれ感謝しています。高速道路の真下で屋外の実験音楽のライブを聴いたり、光點台北電影院の「時に彫り込む」という映画祭でAndrei Tarkovskyや侯孝賢、Apichatpong Weerasethakulの映画を観たり、大学から淡水まで4時間黙々とサイクリングしたり、夜中2時に大安自然公園で踊ったり、中興文化創意園區で池田亮司さんのインスタレーションflux.dataを鑑賞したり、台北交響楽団の室内楽コンサートで3時間Dmitri Shostakovichのチェロコンチェルトを聴いたり、カラオケで夜を過ごしたりしました。今年の誕生日はジャカルタで迎え、深夜クラスメートがマッコリや高粱酒、本、手紙と共にお祝いしてくれました。また、毎月日本から従姉妹や友人達が台北に遊びに来てくれ、一緒に台北市内や九份を観光しました。
5.1年秋学期を終えて
所属プログラムについて:まだ新しく私達が2期生であることもあり、修士課程のプログラムが未完成であり、準備、実験段階であることに随分狼狽し苛立ちました。また、学部時代のよく構成されたカリキュラムに沿った学習の進め方に慣れていたので、このプログラムで先生が思いついたままに話し、どこに向かっているのか分からず、独学が重視される方法に混乱しました。また、期待していた程科目の専門性が深くなく、内容が広く一般的、雑学のようであることにも物足りなさを感じました。
今後の目標、進路:引き続き中国語を積み上げ語学力の上達を目指したいです。来学期からは学外のコミュニティと交流する機会を作りたいと考えています。期待していたものと違っていたプログラムの中で何をしていくのか、また今後の進路について、冬休みに考え直したいと思います。
自信がついた部分:大した成功体験はなかったのですが、絶対に私の味方でいてくれると信頼できる友人達に恵まれたこと、彼らに助けを求められたり気軽に相談、愚痴を話せたことは、不安定なプログラムの中で強い支えとなりました。
不安に思うこと:上記「所属プログラムについて」を参照下さい。加えて専任の教授が2人しかいないこと。卒業要件であったはずの修士論文が、指導教員がいないため書かなくても良いと言われたこと(それでも何とかして2年次に修士論文を書こうと思っています)。さらに、卒業要件であるインターンシップについても大学の支援や事前学習がなく自力でインターン先を見つけ交渉する必要があるということで不安に思っています。