Canpath
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勝鬨

ラショーは普段と代わり映えのない朝だった。最初の日の朝と同じように同僚たちとシャンヌードルを食べに行く。シャンヌードルに始まりシャンヌードルに終わるミッションか。

大方の職員は今朝まで現場に出ていたが、僕がラショーを去る昼過ぎまでにはほとんどの職員が事務所に戻ってきた。アンジェリータは現場での活動がうまくいかなかったらしく、昼休みに不平不満を並べ、僕がまあまあなんてなだめながらごはんを食べる、ありがちな日常だ。引き継ぎを終え、ラショーにおける僕のすべての任務は終了した。僕は引導を渡すように後継者に僕のオフィスの鍵を渡し、コンピュータの電源を切った。

みんなに見送られて車でラショー空港に向かう道すがらも、僕はこれで最後な気がどうしてもしなかった。16ヶ月という歳月は、「この景色が普段である」という感覚を確固たるものにするのに十分な時間だった。いつかまたラショーに来ることがあるだろうか。アフガニスタンや南スーダンよりは、可能性がありそうだ。

ヤンゴンでのディブリーフィング。僕は各課長に総括を伝える。みんなしきりに僕の次のミッションのことについて知りたがるが、予定はないし、もしかしたら、この仕事に戻ることは金輪際ないかもしれない。その考え自体には不思議な響きがあるが、いつでも戻ってこられるという確証があるため、特に邪魔にはならない考えでもあった。ただ、独り身で現場に行くことは、もう絶対にないだろう。

ディブリーフィングを締めくくるのは代表との一対一のミーティング。
「お前がこのミッションで経験したことの中で、代表として知っておくべきことを教えてくれ」
「はい」
僕は2秒だけ考えた。常に多忙激務である代表と話すときは、事実だけに基づき、可能な限り簡潔に、要点をはっきりと。無駄は一寸もあってはならない。淀みなく、聞き取りやすさを第一に。

時間通りにすべてのスケジュールを終え、ヤンゴンの埃っぽい空気を吸いながら代表部のオフィスからホテルまでゆっくりと歩き、フロントに預けていた荷物を車に乗せ、ホテルを後にする。

長かった。本当に長かったし、苦しかった。「全うする」という言葉が僕は好きだ。このミッションを全うしたことで、南スーダンでのミッションを全うできなかった過去の自分に完全勝利した。自分の中で、それは弱い自分との蹴りをつける、大事な通過儀礼だった。自分の足で立ち、自由を手に入れた感覚。それは人生にとって重要な感覚だ。

中継地バンコクへのナイトフライトは、多少の遅れをもって離陸体制に入った。機内の明かりが落とされ、滑走路の上を加速していく。僕は心の中で鬨の声を上げた。それは嗚咽に近かった。

* * * * *

南スーダンのミッション途中で重度の燃え尽き症候群を経験して、歩くことすらままならない状態から2年間かけて立ち直り、再度この組織に入り、ミャンマー東部の紛争地で16ヶ月のミッションを終了した。そんなことができるなんて、自分がいちばん信じていなかった。

達成感という言葉では言い切れない。この仕事には心にずしりと来る何かがある。どんな困難を乗り越えても、行きつきたい場所。自分にしかわからない、夢に見た景色。今、その場所に来て、眩しい景色を眺めている。そういう気分だ。

僕は人道支援の仕事を、生き方を、これにて一旦終了する。もう、悔いはない。日本に帰り、オーケストラに入り、歓喜の歌を弾く。「すべての人類は皆兄弟となる」そんな歌詞が響き渡る舞台の上で、平和を噛み締め僕は震えるだろう。世界中の悲劇を思い、走馬灯のような記憶を瞼に映しながら、大作曲家の意図した理想を四弦に込め、共鳴させるだろう。そして僕は、歓喜するだろう。全力で生きた。そして今も生きている。それはそれだけで、本当にそれだけで、歓喜すべきことなのだから。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー