Canpath
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支援を届けるために

ラショー市内の避難民の数が2500人に迫った。クッカイは住民が避難すらも出来ない戦場となり、そのかなり手前のセニという小さな町すらも危険すぎて誰も行くことができなくなった。まずは足元ラショーの避難民をなんとかできないか。一刻の猶予もない会議が始まった。指揮官の座に僕がいなければならない。
「保護課の情報によると、ラショー市の避難民キャンプは5つ。ひとつは週末行ったから残りは4箇所だ。まず、地理から」
「ラショー中心地から東に行くときに橋を渡ってすぐの分岐点を右に入ります。そこからその4箇所が分散してるはずです」
「はず、じゃダメだ。道路沿いにあるのか」
「いくつかは・・」
「もういい。誰が現場のコンタクトを持ってる」
エンジニアのチルザが手を挙げる。「ひとりだけ・・」
「そのひとりからコンタクトを広げろ。そこにいるできるだけ多くの人たちの電話番号をもらえ。他の団体は当たれないのか」
「仮設住宅班の連中に聞いてみます」各団体の仮設住宅担当が集まる横断的グループのことだ。
「場所だけじゃなくて、状況と、それから経路上の軍事検問所の場所、すべて情報を集めろ」
「どこに行くにしても市長の許可が必要」とレヴィ。
「その通り、それはこちらで交渉する。アセスメントに一日、支援の配給に一日の許可でいいな。アセスメントする際にすでに何らかの生活必需品を積載して行く案はどうだ」
「うちの課はアセスメントが先で物資は載せていかないよ」
レヴィのその言い方にむっとなるが、経済安全保障課は物資のデパートであるため持って行って配らないという決断をしたときの避難民の反応や、少しでも量が足りなかったときに起こるいざこざなど、リスクを挙げればきりがないため、英断だろう。
「水と住居課は浄水タンクだけいくつか積んでいきます」
「わかった。コンタクト、ロケーション、セキュリティ、市長の許可、情報すべて集めて1時間半後にもう一度集まれ。できればその後すぐに現場に出るぞ。解散」
「はい!」

* * * * *

「国連治安情報局の情報で一帯は今のところ安静。現地職員のみという条件付きで、市長の許可は下りた。車に旗を立て、フル装備で行くぞ」
チルザが衛星写真にポイントをつけた地図を見せながら、「ここが第四キャンプです」と指差す。すぐ隣に避難元とされる戦場地域のポイントもある。
「近いな。他の場所はどうだ」
広報のミアが口を開く。
「地元のジャーナリストによると、彼が追い返された軍事検問所がここにあり、しかし迂回路があるようです。そこに第一キャンプがあります。それを越えるとまた主線道に戻って第二、第三キャンプがあります。第二と第三、第三と第四の間がそれぞれ車で30分程度です」
「ありがとう、よくわかった。今回は時間短縮のため2チームに分かれてアセスメントに当たるという案はどうだ」
それぞれ顔を見合わせる。
「第一から第四まで、どんどん戦場に近づきます。それに、私たち行ったことがなくて・・」
「わかった。車列は乱さず、全員で第一からひとつずつ潰していけ。各キャンプで治安状況の聞き取りを忘れるな。今回は前線に近いから負傷者を搬送する可能性が高いぞ」
「一台はロングベンチ、稼働可能です」と輸送課のサンリ。
ロングベンチとは、運転席と助手席の後ろが救急車のような仕様になっている車のことだ。そしてここにいる連中は救急法の補修をこの間受けたばかりだ。
「解決。出発時間は」
「 11時・・・15分には行けます!」
「準備に取り掛かれ。解散。チームリーダー、ちょっと」
「はい」保護課のエルだ。
「さっき話があった検問所を回避できたとしても、突然兵士が現れて検問が始まることも大いに想定できる。 組織のパンフレットを多めに持っていけ。避難民にも配って、危険分子でないことを説明してはっきりと理解させろ。このあとの活動がやりやすくなる。第一キャンプで危険を察知したらすぐに帰ってきていい。無理はするな」
「わかりました」

* * * * *

チームは第三キャンプまで行って無事に帰ってきた。
「まずは概況。避難民数、家族数、主なニーズ」
3つのキャンプの概況がざっと説明される。ニーズとしてマットレス、ブランケット、ビニールシート、追加の浄水タンク、蚊帳などが挙がる。
「これらのニーズの中でうちで対応できないのはあるか。輸送課」
「今倉庫に保管してある物資ですべて対応可能です。しかし、緊急設置用トイレは2つ運ぶのにトラックが一台必要になるので、これらすべてを乗せた場合・・・トラック3台にはなるでしょう」とサンリ。
「設置するのにも数時間かかるし、検問で止められた場合に怪しまれて時間がかかったりすることを考えると朝一で出発したいですね」と他のエンジニアもうなる。
「 今からトラックを配備し、積載し、出発可能にするには時間がかかります。詳細な到着地点も入力しないと、あとでシステム上大変なことになります。明日の朝一は無理です」とサンリが正直に声にする。
「では、明日は治安状況を確認後、車に積んでいけるものを積んで第一から第三キャンプで配ってから、第四キャンプのアセスメントに当たれ。トラックは動かすのにもう一度市長に確認をした方がいいから、あさってだ。状況が刻々と変化していくから、こちらで治安状況は逐次確認していく。その間に各課で必要なデスク作業も終わるだろう。いいな?」
「はい!」
「解散、今日はご苦労様。みんなありがとう」
そして、僕はヤンゴンとジュネーブへの報告という大事な仕事に取り掛かる。

* * * * *

ラショーの避難民キャンプを回るチームは昨日のアセスメントも成功裏に終えた。第四キャンプは場所が移り、前線から多少遠く、つまりラショー市街に近づいたため、リスクも少しは低くなった。結局、今日は車3台、トラック3台を回し、第一キャンプから第四キャンプまで一気に支援物資配布をすることになった。
「車1台とトラック1台が対になって各キャンプを目指す。緊急設置用トイレがいちばん時間を食うから、水と住居課のスタッフはうまく分かれて乗れ。一斑には保護課と水と住居課どちらも必要だが、もうふたつの班はどうやって手分けするのがいいか」
「水と住居課からは3人が参加しますが、第四キャンプには必要ないため・・」水と住居課リーダー格のモンモンが言い始めると、「オレ、二班ひとりでいいよ!」とオンゾが遮った。僕はにやりとしてしまう。どこの事務所の水と住居課にも大抵こういうやつがひとりかふたりはいる。プロジェクトサイクル?インプリメンテーションレート?そんなの知らねえよ。地面掘って、配管繋いで、排泄物がきちんと処理できればそれでいいんだろ?まっすぐ立ててやるよ、便所くらい。ぐだぐだ指示出して時間かけるよりは、ひとりの方がよっぽど早え。オンゾはそういうやつなのだ。ペーパーワークは不得意だが、現場できっちし仕事をしてくる職人。オンゾひとり工務店。
「つってもシャン語話せる運転手つけてくれよな。あと、設置素材はどういう風にトラックに乗ってんの、サンリ?」オンゾが輸送課サンリに聞く。
「二班のトラックには一緒に生活必需品も乗っています」
「だーかーら、経済安全保障課の荷物で緊急設置用トイレが出せなくなってないかっつってるの。ちょっと、ビルマ語で話していいすか。@+$*!#%*&@#*$!」
「$@#*(*&$#@!」
僕はその会話が途切れたのを見計らい「・・・解決、したな?では次」と話を進める。
「今回は組織のエンブレムをトラックの腹にデカデカと掲げ、到着地点のそれぞれのキャンプまでうちの組織が責任を持つ。前にラカイン州であった事件を覚えているな?あのときはうちの倉庫に入れるためにトラック会社の責任において輸送中の出来事だったが、今回は違うから心に留めとくように」
ラカイン州では支援物資の輸送途中にトラックが何者かに攻撃され、大きなニュースになったばかりだ。みんなの顔が引き締まる。物資は、狙われる可能性がある。
「じゃあみんな、倉庫前に9時半」
「ちょっと待った、広報用に写真撮るから出発するとき協力してくださいね!」と広報のミア。
「オッケー、準備に取り掛かれ、僕も出発に立ち会う。解散」

* * * * *

物資配布チームは無事に帰ってきた。こんな仕事を長年やっているけれど、こんなに迅速に、何の問題もなく物資配布が完了できたのは初めてくらいだ。
「みんなご苦労様。本当によくやった」
保護課のミーマが口を開く。「第一キャンプにいた生後間もない赤ちゃんですが、母親のお乳が出ないらしく、栄養失調になっていました」
この会議の場には医療課がいないため、みんな顔を見合わせる。
「わかった、あとで医療課と話し合おう」
まだ産まれたばかりで、戦闘で家を追われて、キャンプで惨めな生活になって、ショックでお乳が出なくなってしまったお母さんの心境を思うと心が本当に痛む。たぶん、自分を責めていることだろう。「ごめんね、赤ちゃん、こんなときに私、お乳が出なくなっちゃって、本当にごめんね・・・」
僕はこの夜宿舎に帰るなりにぶっ倒れた。

* * * * *

翌朝。僕はどんな粉ミルクがどんな量必要なのかで頭がいっぱいだった。できれば自分で届けたい。
医療課のニノに聞く。
「栄養失調であるかを決めるのは、そしてそれにどんな処置を施すのかを決めるのは、小児科医の領域っすよ」
「そっか」
「とにかくキャンプのリーダーに電話はかけ続けますが、粉ミルクを届けるより、母子を小児科医のいるラショー病院に運んだほうがいいっすよ」
「わかった。じゃあ市長にその搬送の許可をもらうようにする」

結局、第一キャンプのリーダーによると、キャンプの近くのクリニックでその母子は診てもらい、事なきを得たという話をニノから聞いてホッとした。ニノは医者だからサバサバしていていいが、僕は感情移入しすぎてダメだ。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー