Canpath
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一生に一度は

危機管理研修が終わった金曜日の午後1時半。僕はこの半日を無駄にしないために、個人的にサファリの手配をした。

そして1時半きっかり、ホテルの前に緑色のランドクルーザーが停まった。
「おお、感じ出るねえ、この無骨さ。」
タバコを吸っているヌカの隣で、僕は早速はしゃぎ始める。
「あなた、初めてなの、サファリ?」
「初めても何も、ケニアが初めてさ」
イラク北部はキルクークを管轄しているヌカは、漫画『ワンピース』に出てくる女海賊みたいな出で立ちの女性で、これだけキャラの立った今回の研修参加者の中でも群を抜いて印象的な所長だ。インドとスイスの両親から生まれた人らしいが、こんな目つき、見たことない。髪と一緒に深い色の布を編みながら巻いていて、僕がユニークだね、と言ったら、「落馬したときに頭怪我して、それを隠すために巻いてたら、評判良かったからいつも巻くことにしたの」というさらに謎が深まる返答。研修で隣に座っていて、なおかつ明日のフライトが一緒だったから彼女もサファリに誘ったのだけど、体調が芳しくなく、今日は来ないらしい。

「おまたせ」
代わりに来たのはレバノン南部を管轄しているアニ。ソバージュの茶髪、チュニジアとフランスが混ざった風貌、耳目を集めがちな、ぱっと明るい印象を与える人だ。そしてロシア語通訳からこの組織に入ったという変わり種。その隣にはラース。スイス国籍だが、スイス人にはないくぐもった発音と深い声をしていて、背景は不明(あとで彼はポルトガルとのダブルで、ブラジルで長年暮らしていたことがわかって謎が解けた)。彼はニジェールの副代表を務めている。

「さて、あともう一人は・・・」
「わりい、遅れた!」
この組織では珍しいアルゼンチン人のホセ。パプアニューギニアで地方事務所の所長を経験してから、ロシアのロストフでクローザー※を任されたらしい。
「そうでもないよ。さて、行くか。じゃあな、ヌカ」
「楽しんどいで」
※事務所を閉めることになった最後の所長のこと。

車はナイロビの市街をひた走り、30分ほどでナイロビ国立公園の門に着いた。入場料を払い、サファリが始まった。ランドクルーザーの天井を上げ、車内で立ちながら周りを見渡すことができる。これぞサファリ!映画の中みたいだ!

すぐに大きな木の上からバブーンがお出迎え。カバがいるという沼を過ぎるが、姿は見えない。大抵動物たちは暑い昼間の時間に休息し、夕方から活動し始めるらしい。 運転手は大平原が始まろうとする手前で一旦車を止めた。
「ここは象牙の燃えかすが山になっている場所です」
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えっ? 最初何のことを言っているのかわからなかった。立て看板を読み、運転手の説明を聞いているうちにだんだんわかってきた。サバンナに生息するアフリカゾウは、年々激減している。高価で貴重な象牙を売りさばくための乱獲があとを絶たず、密猟者が捕らえられては、大量の象牙が当局に押収されている。そんな人類に対する戒めとして、ケニアの歴代大統領は、押収した象牙をこの場所で燃やすという政治的パフォーマンスを行ってきた。80年代から数トン・十数トンという単位で燃やされてきたが、いちばん最近では2016年、105トンというとんでもない量の象牙が、ここに集められ燃やされた。動物の命を奪うには、金儲けというのはあまりにも身勝手な理由だ。すでにナイロビ国立公園にはアフリカゾウは生息しておらず、遠くマサイマラまで行かないとお目にかかれないらしい。この場所をサファリの最初に持ってくるのは、教育的にとても重要だ。

車はまた発進し、ほどなく視界が開け、砂埃を上げながら大平原を進む。サバンナの空気だ。太陽だ。ガゼルや水牛が遠くに見え始め、アニも、ラースも、ホセも、僕も動物探しに夢中になる。そしてついに、僕たちの視線は道の真ん中に立ちはだかる首の長い一頭の動物を捉えた。

キリンだ!
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このキリンの落ち着いた眼差しは、観察しているのはこちらではなく、あちらの方であるような印象を与える。いや、実際そうだろう。そして何を考えているのだろう。人間という違う種の動物に遭遇しただけの、自然界に生きるキリン。こんな風な出会いは、経験したことがなかった。このキリンは家族が周りにいたらしく、ゆっくり通り過ぎようとするにつれて、7頭ほどのキリンに囲まれる形になった。ああ、サファリ。もう120%れっきとしたサファリだよ、これは。

キリンとの感動的な出会いの後、ダチョウやシマウマ、イボイノシシにも遭遇した。セクレタリー・バードと呼ばれる足の長いカラフルな野鳥にも会えた。遠くからではあるけど、黒サイの歩く姿も双眼鏡で見ることができた。これでもうおしまいかと思っていたら、運転手は閉園まで残り少ない時間を、ライオンが休息している茂みの周りで彼らが出てくるのを待つのに使ってくれた。夕暮れ時、アフリカの大地に大きな太陽が沈んでいく。涼しくなり始め、ライオンが少しずつ顔や足を出し始めた。母親と子供が3匹くらいいるみたいだ。なかなか全身出てこない。

待つこと20分くらいだろうか。母親ライオンが姿を現した。威風堂々。口には昼食の名残か、獲物の血潮がこびりついている。

「ほら、見て、ライオンの目。なんて美しいの・・・」
「どれ、見せて」

僕は双眼鏡をアニからもらい、ライオンの横顔に照準を合わせる。その瞬間、ライオンがくるりと顔をこちらに向けた。その視線から、僕は電撃のようなものを受けた。

なんて・・・気高い・・・。

見るものを畏懼させる、王者たる視線だ。獅子の眼差し、貴きにあり。

ライオンとの濃密な時間を過ごした後、車は足早に国立公園のゲートへ向かった。サバンナの風をまだ感じていたいのと、動物たちの自然美に圧倒されてしまったのとで、僕は最後まで車から顔を出しながらうっとりと夕日を眺めた。
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人道支援という仕事をしていると、当然だけれど、人間の命ばかり考える。だけど、人間とて自然の一部で、他の動物や植物、虫たちと共存していかなくては、生活は成り立たない。去年僕は環境関係の研究所で働いていたのだが、環境の重要性を今日初めて「感覚的に」理解したような気がする。イボイノシシは僕の仕事や生活にこれまで全く何も影響してこなかったけれど、イボイノシシのいない地球は嫌だ。なぜそう思うのかよくわからないけど、そんな世界まっぴらだとすら思う。動物を見るだけでそこまで変わるか、と言われるかもしれないけれど、動物園で飼育されている動物たちでなく、自然界で食うか食われるかという状況にいる動物たちを見るというのには、そこまでのインパクトがあった。

今日のまとめとしては、ホモ・サピエンスは一生に一度はサファリに行くべきだ。自然との共存という命題を、感覚的に掴むために。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー