Canpath
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途方もない

爆発物研修がなぜここカンボジアで行われているかということには理由がある。ここが世界でも稀に見る殺戮の現場だったから、ということだ。この国は70年代から80年代にかけてあらゆる手段で何百万という人が殺され、不発弾や地雷が大量にばらまかれ、現在に至るまでその悪影響に苛まれている。不発弾や地雷にかけて、これ以上情報と経験の蓄積を見る国も少ない。

当然そんな国が平和の道を歩むためには、そのままの状況で、というわけにはいかない。不発弾や地雷を「取り除く」という作業がどうしても必要になる。取り除くには、そのための技術が必要で、訓練が必要で、組織が必要だ。僕は同僚たちとともに、その組織の訓練所にいる。今日の科目は、地雷の探知、という実習だ。

「作業開始前に、金属探知機が故障していないか、こうして毎回チェックする」

確かに、探知機の故障が起きたその時に地雷を踏んでは元も子もない。地雷探知の最も単純な事実は、一度でも失敗したらそれですべて終わりということだ。他人が他人のために埋めた武器を取り除くため、果敢に取った行動の結果として、自分の足が吹き飛ぶか、命を落とす。そうなってしまったとしても、地雷を作った人、埋めた人、埋めるよう指揮した人、その誰も罪に問われない。悲しいを通り越して、理不尽だ。全くもって理不尽だ。

「まずは横1m、縦50cmの土地に探知機をかざし、先にマーカーを置き、赤い紐で囲うようにして前に進む。もう50cm同じことをして、1m四方の安全地帯を作る。それからは横に進んでもいいし、そのまま縦に進んでもいい。とにかくそれを繰り返す」

ミスが許されないという意味で、時間はあまり関係ない。どれだけ時間がかかっても、怪我なく作られた1平方メートルの安全地帯には価値がある。

「実際にはこの訓練スペースのように平坦ではないし、植物も鬱蒼と茂っている。植物その他の障害物がある場合、地雷探知は障害物の上から、10cm、20cmと下に降りていく。不発弾が木にぶら下がっていることも無くはないし、丁寧に探知済みの部分を伐採したりして、クリアにしていく」

つまり、1平方キロメートルの土地を地雷除去するのに大体どれくらいの時間がかかるの?という質問は意味をなさない。どのような装備で、どれだけ訓練された人員が、どういった状態の土地を探知していくかで、かかる時間は全く違ったものになる。さらに見つかる地雷の数や種類によっても、除去にかかる時間は違ってくる。そしてもちろん、探知機は金属を探知するのであって、地雷自体を探知してくれるわけではない。金属の何かがたくさんある土地では殊更丁寧さが求められ、それら多くは徒労に終わるだろう。しかし、それ自体も込みで、地雷除去という仕事なのだ。

「探知機が地雷と思しき物を検知したら、それがどの程度の大きさで、どういった向きで埋められているかを大体把握し、その上で、こういった金属の棒で地面を突っつき場所を確認、あとは刷毛でその物を少し見えるようにして地雷であることを目視確認、そして武器の扱いに慣れた除去チームのリーダーに報告する」

そうか、当然探知する作業は人海戦術だからそればかりをやる人がたくさんいて、実際の除去、そして無力化はその専門の人たちがいるのか。高度な専門性と組織力が求められる作業だ。さらに、特筆すべきは必要とされる体力と集中力だ。なんといってもこの炎天下。カンボジアの日中の気温は30度を優に超える。たった2平方メートルをクリアするお試しのような作業で一同すでに汗だくになっているし、現代の探知機はいかに軽くなってきたと言えど、数時間同じ姿勢で動かし続けるには慣れていないと体を痛める。そして、さっきも書いた通り、失敗はたった一度であったとしても自分の一部または全部の死に直結する。その精神的圧力がかかったまま作業を続けるなんて、一日一日が偉業だ。

途方もない。僕はそう思った。

例えば僕に息子ができて、言うことをどうしても聞かず、わがままが度を過ぎてどうしようもなくなったら、僕は迷わずこの訓練所に息子を放り込むだろう。そして毎日毎日地雷除去という果てしない作業を炎天下でやらせ、世界には静かな英雄たちがいるということを、身をもってわからせたい。

僕はこうも思った。武器を作り、売り、使う人たち、そして戦争を始める政治家たちのすべてが、この作業を一定期間行うべきだ。地雷や不発弾は何十年経っても起爆の可能性がある。自分が敵への憎しみのため、あるいは単に命令されたから用いた武器により、何十年後かに無辜の人が死ぬ。それが子どもであっても、こうした除去職員であっても、殺したのはあなただ。その事実をきちんと受け止めてから戦いたかったら戦ってくれ。自分が悪魔になった姿をしかと認識してくれ。そうすることで、正義のために戦うという妄想に囚われた人が少しでも正気に戻ればと思う。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

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