Canpath
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情熱の指揮官たち

新しいミッションの初日は30分おきに各課の課長とブリーフィングをしていく日と決まっている。そのためのヤンゴン滞在だ。1分たりとも無駄にはできない。ここにすべてを書き留めておくことはできないが、いくつか印象的だったものだけ。まずは地雷や不発弾処理を担当する、武器無力化課の課長スラージ。どう見てもバルカン地方の出身だと推測する。

「ミャンマーの特異な点は二つある。地雷が未だに戦闘の手段として大っぴらに使用されていること、そして地雷使用にかかる弊害に対応するシステムを有していないことだ。さらにお前が知っとくべきなのは、まず、我々の整形外科センターで義足支給などの支援を受ける患者のうち半数は地雷の被害者であるという事実。それから、地雷によりこの2、3年で200人の被害者(死者・負傷者)が出たが、その85%をお前の行くシャン州とカチン州が占めているという事実がある。この国の地雷はほとんどが対人地雷で、99%の地雷が位置を特定できていない。地雷除去にかかる道具を支援することも検討中だが、まずは啓蒙と人材育成の方が大事だ。地雷やその他不発弾などに関するトレーニングを我々が行った人数はおととし7千人から去年2万5千人、今年の目標は5万人だ。その地盤を固めた上で、地雷の位置特定、地雷原の周知、地雷の除去、という流れに至るには長い道のりが予想されている。政治的に敏感な問題であるため、国際機関でこの問題に触れることができるところは、今のところうちしかない。だから重要なんだ」

このスラージというやつはわかりやすい。数字がぽんぽん出てくるし、事の重要性をよく知ってる。僕と気があうタイプだ。

「月に一度はお前のいるオフィスに必ず顔を出すだろう。一緒に働くのを楽しみにしているよ」
「おう、こっちもな」

次は、医療課の課長クリスティ。黒縁眼鏡のうしろで常に興味津々という感じのぱっちりした目が光る小柄な女性だ。見た目と名前ではどこの国の人が全くわからない。大洋州のどこか・・・かな。

「まず、ミャンマーの医療制度を理解してね。図に書くわ」
紙にヒエラルキーに即した医療の段階(一次医療、二次医療など)と、この国の中での名称を書いていく。名称が変われど、どこの国でも似たようなシステムになっていて、僕にとってはお馴染みだ。
「さて、もちろんあなたの行く地域は武装勢力支配地域の中にも医療施設があるわね。そこではミャンマー政府保健省の医療物資供給が滞ったり、きちんとした設備を持っていなかったりということが発生する。そういった隙間にNGOの支援や、コミュニティの自助努力が生まれてくる」
「アフガニスタンでも一緒でしたね」
「そう、あなたはマイマナにいたんだったわよね。私も一時期マザーリにいたわ。アフガンよりひどいと言わないまでも、ミャンマーでは20%の妊婦が出産のときに医療行為を必要とする何らかの困難に直面しているの。当然、妊婦と5歳以下の子どもとその母親というグループは優先順位を持つけれど、一国の医療制度にそこまで踏み込んでターゲットグループのみ治療していくのはこちらとしても難しい。今目をつけているのは医療廃棄物の廃棄場建設で、水と住居課との共同で進めてる。ただ、これはそれを使用する職員の行動変革がついてこないと意味がないから、きちんとトレーニングをすることが大前提。水と住居課のダヴィドは市全域をいっぺんにカバーするアプローチで行きたいみたいだけど、まぁ野心的よね。あとで彼にも話を聞いてみて」
おっと、ちょっと棘のある言い方だ。これは興味深い。

一方の水と住居課、ダヴィド課長。高そうなシャツにスラックス、そしてビーチサンダルという出で立ちのスイス人。

「ロヒンギャ問題のラカイン州で医療廃棄物マネジメントは失敗に終わった。なぜか。規模が小さすぎたからだ。数人の職員が廃棄場の利用方法を覚えたくらいでは病院のマネジメントは変わらん。我々エンジニアからの視点としては、廃棄場くらいシンプルでかつ反復的な(つまりどこでも同じものを作れば良い)ものは、大きな規模で作らないと意味がない。だから一区にあるいくつかの病院、ではなく、市全域すべての病院で徹底的にやれば成果が出る。そして、ミャンマー代表部の抱えるエンジニアは64人もいるんだぞ。人数で言えば世界一大きい水と住居課だ。俺はこれよりもっと小さなエンジニア集団でよりインパクトのある仕事をシリアでやっていた。もっと人道的な生産性を上げないといけない。いいか、医療廃棄物のプロジェクトはミャンマーの医療レベルを上げる目標の上ではほんの足掛かりにすぎない。我々が本当にやりたいのは手術室の建設や病室の拡張、つまり医療施設自体を拡大することにある。お前のこれから行くシャン州がその主戦場だ。ラカインのような失敗は許されないぞ」

なるほど、慎重派の医療課と推進派の水と住居課か。ハコを作るのは簡単だけど、そのハコを使う人間を育てるのには時間がかかるから、そのギャップの中でこの二人は議論しているのか。この二人の情熱をうまく使えば、大勢の人を救えるかもしれない・・・これは人道的な成果を出す上で素晴らしい環境と言える。

僕の初日を締めくくるのは副代表のリケ。バスク地方の出身らしい。僕の大ボスに当たる人物。
ミャンマーの歴史と政治、民族、言語、シャン州の特異性について、1時間ほどマシンガンのように早口で講義してくれた。彼の最後の言葉を心に留めておこう。
「ひとつ覚えておけ。シャン州の紛争は少なくとも70年間続いている。我々がシャン州で活動を開始したのは実質2015年だ。この慢性的な危機に関わり始めた段階でしかない。慢性的な危機には長期的なプログラミングが必要だ。長期的なプログラミングのためには構造的なサポートを考えなければならない。今話したように、お前の行くシャン州はミャンマーの中でも最も複雑な紛争といっても過言ではない。自分が中立であるということを24時間忘れるな。Never relax(一瞬たりとも気を抜くな)」

全員了解した。任せておけ。

この記事を書いた人

一風
現在地:ミャンマー
オランダの大学院を出て人道支援を始める。現在国際機関に勤務。

一風さんの海外ストーリー